私自身、若いころから一般論では、
“子供はほしい人が持てばいい”
くらいに考えていました。
ところが、30歳半ばになり
生理のトラブルがあって病院にいったら、
「子供を望むなら早めに不妊治療を」
と言われ、急にヤバい!と思ってしまったのです。
子供のいない老夫婦の姿を
想像しちゃったんですね(‘_’)
それからは、仕事をしながら不妊治療の日々。
ライトなところから始まって、
すぐに体外受精に行きつきました。
ところが、何度トライしても子宮に着床すらしない。
10回以上はトライしました。
残念な結果を元旦に聞かされたこともありました。
クリニックには治療のすえに誕生した
赤ちゃんの写真がいっぱい貼ってあります。
治療のたびにスケジュールを合わせてくれる夫にも、
孫がほしいと頭を下げた義父にも
子供が大好きな義母にも
申し訳なくて申し訳なくて。。。
仕事はセーブする、貯金はくずす、体調もくずす…
そんな不妊治療を何年も続けていくうちに、
(最後は仕事も手放したのですが)
こんな考えが浮かんできました。
次世代に子供を残せないって、私は動物や魚より劣るんじゃないか。。。
偉大な業績を残したわけでもなく、
次代の子供の教育者でもない私は、
何も残せないではないか…
その時の私は、自分にいじわるで
ネガティブな波動ビンビンだったと思います。
でも、ある時ふと思ったんです。
あのおばさんが、近所の子供に話しかけている何気ない言葉が
その子の未来に生きるかもしれないと。
そんな直接的なことでなくても、
誰かが書いたものを見た他の誰かが、
何か行動を起こしたら、
それだって未来につながるんじゃないか。
あの人の仕事が、あの人の親切が、
小さくても未来に届くのではないか。
私は長い間「子供のいない専業主婦」として
どこか後ろめたさを感じていました。
でも、そんな私でも、心のあり方次第で人の役に立てるし、
それは確実に未来につながっていくんじゃないかって
思えるようになったんです。
価値のない人なんていない、
生きているだけで価値がある。
これはのちに私が「引き寄せの法則」を学んで
腑に落ちた言葉でもあります。
子供が大好きで、どうしても子供を育てたいのに、授からない。
もし、そうなら、養子をもらってもいいと思います。
もちろん自分たちの子供が欲しいのはよくわかります。
でも、どうしてもできないなら、それも選択のひとつです。
里親を切実に必要としている子はたくさんいます。
でも、もし、自分の人生、子供がいないなんてあり得ない、
子供は持つ「べき思考」で、悲壮感を持って
子供を持とうとしているなら、
どうか自分を解放してあげてほしい。
赤ちゃんが来てくれることを楽しみに、
今やれることをする。
それだけじゅうぶん。
結果は神さまにお任せして。
その軽やかな波動が、軽やかな現実を引き寄せます。
子供を授かっても、授からなくても、
すばらしい人生は送れるのですから。


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